おとうさん大好き!

みなさん、こんにちは。

東京・錦糸町で老舗炉端焼き屋「海賊」の社長でカウンセリングの勉強をしている春山です。

先日わたしの通っているビリーフリセット®︎心理学講座の師匠である、大塚あやこさん(以下あやさん)のセッションを受けてきました。

わたしは自己肯定感が低くて、いまの自分ではダメであるという思い込みがあるのを今までの心の探求を通じてわかっていました。

ただ自分が何に対してダメなんだろうと思っていたのです。

漠然と自分はダメだー、ダメだーと言っているけど何に対してダメなんだろう。

友人?他の社長?全人類?

そこをハッキリとさせたい。

誰に対して何に対してダメだと思っているのか。

そこを突き止めることで自分のダメ設定がリセットできるのではないかと感じていました。

そしてあやさんとのセッション

なんとわたしは父親に対して自分はダメであると思っていたのです。

わたしの自己設定は、”親父は太陽で自分はゴミ虫”である。

おいおい。

ゴミ虫って、、、。

でもこれはセッションをしている中でわたし自身で自分が言った言葉。

自分はゴミ虫であると。

なんでこんなことになってしまっているのだろうか

わたしと父親は全くといっていいほど真逆の性格。

父親は楽観的でイケイケなタイプ。(とわたしは思っている)

わたしは引っ込み思案で引きこもりタイプ。

全然タイプが違うのです。

そんな真逆な性格の親父と当然理解し合えるはずもなく、というか理解しようとする努力すらしていなかったのかもしれませんが。

わたしは子供の頃から無意識に父親とはわかり合えない。

わたしは受け入れてもらうことができない。

すなわち父親から拒絶されることが恐怖で、父親を否定して自分はダメだと自分の価値を落とすことで自己防衛していたのです。

先日読んだリズ・ブルボーさんの『5つの傷』ともピタリと一致します。

父親に受け入れてもらえない(と思い込んでいる)ので拒絶されたと感じる。

そして拒絶されるのは恐怖なのでそれを感じないように、父親との距離を置いて逃避する。

父親自体を遠ざけることで自分が拒絶されているという恐怖を味あわないようにしていたのです。

(あれっひょっとしたら父親と逆の性格になったのは赤ん坊の頃から父親に拒絶されたように感じていたからかもしれない。と読み返してみて気づいたのでここに追記しました)

母親の死

わたしは15歳の時に母親を亡くしているのですが、その時に初めて父親と対面したような気になりました。

というのは母親が生きている時は、母親の向こう側に父親がいるような感じで父親と直接関わることが極端に少なかった。

うちは居酒屋商売をしているので、父親か帰ってくる時には寝ていてわたしが起きる頃は父親はまだ寝ているという生活。

ざらに一ヶ月以上顔も合わせないなんてこともありましたし。

そして母親の死によってどうしたって父親と顔を合わすようになります。

その時に「えっ、うちの父親ってこんなに頑固でわからず屋で全く話しにならん人なのか!!」と思って父親を嫌悪するようになったのです。

この時に感じた嫌悪感は拒絶されるのがイヤで逃避していた父親と直接関わらないようにしていたのに、父親と関わらざるおえなくなって自己防衛のために、嫌悪することで逃避して自己防衛しようとしていたのかもしれない。

そーか、そーか。

自分かわいそうに、、実は傷ついていたのだね。

でも子供の自分は本当は父親が大好きなんだね。

だから父親から拒絶されるのがイヤで恐怖だから自分を守るために父親を嫌うというやり方をしてしまったのですね。

そうじゃなければ、父親が始めた居酒屋を継ぐわけがないですもの。

継いだはいいけど、相変わらずで父親のことは嫌い。(だと思いこんでいる)

なので父親のやり方を否定することで自分を肯定しようとしていたのです。

「父親のやり方じゃダメだ」

これがわたしが心の中で決めていた経営方針だったのです。

否定から入っている経営方針なんて、、。

2代目なのに矛盾している、いや2代目だからこそある思い込みなのかもしれません。

ダメという否定を基礎にしている経営。

いままでの歴史をなかったようにする経営。

これではいつまでたっても達成感がないのは当然です。

なぜならダメという否定が基礎なのですもの。

いつまでたっても積み上がる訳がありません。

基本設定がマイナスの世界でゼロを目指している訳だからゼロになることは決してないのです。

だって自分はゴミ虫なんですもの。

ゴミ虫が父親みたいな太陽になれるとは思っていませんから。

ふー。

自分お疲れ様でした。

こんな構造になっていたのか。

これに気がついたのは大きな進歩です。

いままでは「親父のやり方ではダメ」という考えを基礎を経営していたので、父親とはまったく違うやり方で経営しようとしていました

父親の経営は緻密な計算というよりかは、ノリと気合いと根性に明るさを乗っけたような経営。

(もちろん父親に聞けばそんなことはない。自分だって色々と計算していたと言うだろうけど。もう死んでしまったので聞けない)

それを否定するから真逆のことをやろうして、計算して冷静に暗く経営しようとしていた訳です。

そうか、だから強制と恐怖、ルールで社員を縛るような間違った社員教育をしてしまったのか。

いま気がついて納得してしまいました。

でもそれで経営をしていて息苦しさを感じていたということは、実はわたしの心
は父親のやり方を否定したくはなかったのですね。

父親とは喧嘩ばっかりして大嫌いだと思っていたけど、実は父親のことが大好きだったのですね。

うー。

イヤだけどそろそろその事実を認めなくてはならないようですね。

受け入れれば実は大好きな父親のことを否定する必要もなくなれば、自分を否定する必要もなくなる。

父親が太陽で自分はゴミ虫なんて思う必要がなくなる。

そうすれば父親と自分それぞれ考えをもった人間と対等でいることができる。

ゴミ虫じゃない、ありのままの自分でいられる訳です。

経営も人生も否定からスタートするのではなくなります。

なかなかいい感じではないですか。

ようやくここに気づく事が出来た。

ここに気づくまで長い道のりでしたが、気づけて大きく1つ進めたように思います。

おうさん大好きと認めてあげることにしましょう。

、、、、、。

あー、でもまだ口に出しては言えないな。

「おとうさん大好き!」とは。

本日は以上です。

2019/11/13

コンサルティングサービス

あなたの会社の土台つくりを、社員との人間関係と経営の両面からサポートして利益が残る会社に変えるコンサルティングサービスです。

こっそり感想を送信する

こっそり感想を送れます。送信された内容は非公開で著者だけに届きます。

この記事を書いた人

春山 充

春山 充

1967年生まれ 東京都豊島区出身 東京で創業昭和54年の、ろばた焼き屋を経営している。軽い気持ちで飲食店を継いだはいいが、社員とのコミニュケーションに悩み、勉強不足で経営も窮地に陥った時期もある。現在は心を入れ替え、社員が安心して働ける会社に成長させようと日々奮闘中。 

なお発言はわたし個人の見解であり、特定の団体を代表するものではなく、また、特定の個人や団体を批判・誹謗中傷するものでもありません。