良好な人間関係を築くためには何をすべきだろうか

今朝に、電車に乗る時に「ん!こいつ邪魔だな!」と思ってイラッとしました。

でどんな奴だと思って顔を見ました。

顔を見たら外国人でした。

「んっ?外国人か仕方ねーなー」

と自然に思ってしまいました。

ほんと自然にそう思ってから、フッと思ったのです。

「ん?じゃー日本人だったらどう思ったのだろう・・」

「んんん?この考え方って、日本人と外国人という事に対して線引きしているってことか?」

「それって日本人ならNG、外国人ならOKって事?」

何故なら自分は人種や性別、年齢で選別をする考え方をする人間ではないと思っていたからです。

マジでビックリです。

同じ人間がやる事なのに、どちらかはOKでどちらかはNGというのは、おかしいじゃないですか。

一体全体、それってどんな考え方なんだ?

ん?これってどういうことだろう

そこからもっと考えてみました。

「外人だからしょうがない」

ではこれが、若者だったらどうか。

「若い奴だからしょうがない」

お年寄りだったらどうだろうか。

「年寄りだからしょうがない」

これは相手によって、しょうがないがズッーと続くようだ。

そして、自分は色々な場面で同じような事をしているのに気がつきました。

例えば車を運転している時。

前を走っている車の挙動がおかしい、「なんだあいつ!運転下手だなー」と思ったとします。

そして抜き様に、運転手が女性だったら「ちっ、だから女は!やっぱり女は運転が下手だ!」と思うし、男性だったら「男のクセに運転が下手だなー」と思うし、年寄りだったら「だから年寄りは、、」と思うのです。

逆も思うのです。

女性が上手に車を運転していると「女のクセに運転が上手いじゃん」と思うのです。

性別や年齢(お年寄りは一般的に運動能力は落ちますが)は関係ないのに、わたしは自然にそう思ってしまうのです。

この電車のエピソードから、人それぞれ世界をどう認知しているかという話をしたいと思います。

自分の中にある無意識フィルター

人はそれぞれ自分の中に、外界を認知するフィルターを持っています。

自分の価値観というフィルターを通して、世の中を見ているのです。

だから人それぞれ世の中の見え方が違います。

フィルターの違いが考え方や価値観の違いになるのですが、自分にとっては自分のフィルターを通してみる世界が普通で、他人が違うフィルターを持っているなんて思っていないのです。

いや気がついてますね、人間関係において気の合う人、理由はわかんないけど苦手な人がいます。

それは認知フィルターが近い人は、似たような言葉や態度、表情などを使うので自分のフィルターを通りやすいのです。

フィルターが違う人は、言葉や態度、表情などが全く違うので自分にとって不快になるので認知できなくなってしまうのです。

冒頭の話に戻りますと。

わたしは外国人だから何々、女性だから何々、お年寄りだから何々といった具合に、自分の価値観で作られた認知フィルターを通して世の中を見ていたのです。

(自分より下とか上といった話じゃないです。自分とは違うという意味です。くれぐも誤解がないように)

こうあるべきという自分の考えがあって、それと違う場面に遭遇した時に、「もう!どうして!」と思うのです。

でも相手が外国人だったりすると、「ちっ!こいつ邪魔だな。ん?外国人かそれならしょうがないな」と目に見えて自分と違うと納得しやすかったのではないかと思います。

目に見えると自分と違うという事が理解しやすい訳です。

目でみて違うとわかると、自分の中の認知フィルターと他人の認知フィルターの違いを納得しやすかたっのではないかと思います。

違う人が見たらわたしがNGだった事が、OKな事もあるでしょうし、その逆もあります。

でも普通は自分がどんな認知フィルターを持っているかなんてわからないものです。

なぜなら自分にとって、その考え方が普通だからです。

人間は自分にとって快適な考え方を採用して生きています。

自分が話す言葉や態度、考え方は自分にとって不快でないから使えている訳です。

試しに普段自分の事を「わたし」と言っている人が「僕」と言ってみると、とっても違和感がありせんか。

「わたし」という言葉を選んで使っているという事は、「わたし」という言葉を選ぶだけの理由があって使っているのです。

姿勢や態度も同じですね。

その認知フィルターが違うのを知らないと、人間関係が悪くなるのです。

こんな言葉使った事ないですか。

「それって普通じゃん?なんでわかんないの」

わかんないんです。

普通が違うのですから。

人間関係を良くしたいなら、人は様々な認知フィルターを持っているという事を理解する必要があります。

まずは自分の認知フィルターを知る

他人を知りたければ、まずは自分を知らなくてはなりません。

なぜなら、自分の常識が他人の常識とは限りません。

自分の常識、他人の非常識である場合があるのです。

だから自分の話しやすい言葉で、一生懸命に自分の考えを伝えても相手に全く届いていないかもしれません。

人は自分のフィルターを通ってくるものしか理解できませんから。

他人のフィルターを知りたければ、まずは自分がどんなフィルターを持っているのかを知らないと、他人と自分の違いを理解できないのです。

基準点を持ちましょうって事です。

本日のポイント

  • 自分の常識が他人の非常識であるかもしれない
  • それを理解しないと円滑な人間関係を築けない
  • 他人を理解するためには、自分を知って基準点を持たなければならない

という事で本日は以上です。

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この記事を書いた人

春山 充

春山 充

1967年生まれ 東京都豊島区出身 東京で創業昭和54年の、ろばた焼き屋を経営する2代目社長。会社運営の悩みから、心理を学ぶようになり、現在は居酒屋経営と共にカウンセラー/コンサルタントとして活動しています。
株式会社はるやま代表取締役/ビリーフリセット ®︎協会認定カウンセラー/社会の風通しをよくする/居酒屋の働き方をかえる

なお発言はわたし個人の見解であり、特定の団体を代表するものではなく、また、特定の個人や団体を批判・誹謗中傷するものでもありません。