仕事と遊びの境界線はどこにある

わたしは仕事をさっさとやらないです。

というか、すぐにやれないと言った方がシックリくるかな。

どっちでもいいけど、もーとにかくグズグズしてすぐにやらない。

朝からサッサとやればいいのにやらない。

この仕事をやる前に、これをやってしまおう。

あの仕事をやる、前にあれをやっておこう。

まるで高校生が試験勉強をしようとして、机の引き出しを片付け出す。

引越しの荷物整理をしていて、昔のアルバムに見入ってしまう。

こんな状態です。

やれやれ。

このような内容を日記に書いていました。

その時にフッと思ったのです。

あれ仕事と遊びの境界線ってなんだ?

というか自分の中で「仕事は嫌なもの」「遊びは楽しいもの」という境界線が出来ていると気がついた。

なんで仕事は嫌なものなんだろう。

自分がやりたいと思っているなら、仕事だって遊びだって楽しく出来るはず。

なんで仕事は嫌なもの、面倒なものと反射的に思ってしまうのだろう。

この感覚はいつからだろう。

幼稚園?

行きたくなくて、朝になると仮病を使ってほとんど行っていない。

幼稚園に行きたくないと言うかは、家に居たかった。

とにかく家に居たかった。

幼稚園に行きたくないという思いより、家に居たいという気持ちの方が強かった。

強くなにかをしたいというかは、こっちが嫌だからこっちの方がいいよねみたいな。

消去法的な感じかな。

うーん。

この感覚はいまの仕事を後回しにする感覚とわりと近いのかな。

あくまでも感覚ね、感覚。

どう関係があるのか、自分で読み返してみても関連性が見つけられないけど、エピソードとして浮かんできたからなにかあるのかな。

それとも「〜をすべき」という思考がまだまだ強いのかな。

「〜であるなら〜をすべき」みたいな感じ。

ふむ。

という事はまだまだ自分が何者であるか。

何をしたいのか。

自分の目標が固まっていないという事かな。

自分が世の中に伝えたい事=仕事であればそれは嫌な事ではないはず。

でもそうは言っても伝えるためには、色々と面倒な事もやらないといけないよね。

うーん。

要するに面倒な事、自分が不得意な事が嫌なのだ。

と思っているだけなのか。

でもこれってやらないと克服出来ないよね。

結論としては、嫌だ嫌だと思いながらやるで正解なのかな。

よくわかんない。

でもやるしか自分には選択肢はない訳で、、。

まぁグズグズ考えるのも、少し飽きてきた。

肩の力抜いて、深呼吸してとにかくやる。

と言っておきながら、やっぱり肩に力が入るな。

以上、ほとんど独り言でした。

セミナー開催

7月4日 14時から東京・浅草橋にて開催

部下からモテる、上司からもモテる、もちろん異性からもモテる。

そんな話の聞き方を学ぶミニセミナーを開催します。

モテて人生変えたいあなた、是非ともご参加下さい。

こっそり感想を送信する

こっそり感想を送れます。送信された内容は非公開で著者だけに届きます。

この記事を書いた人

春山 充

春山 充

1967年生まれ 東京都豊島区出身 東京で創業昭和54年の、ろばた焼き屋を経営している。軽い気持ちで飲食店を継いだはいいが、社員とのコミニュケーションに悩み、勉強不足で経営も窮地に陥った時期もある。現在は心を入れ替え、社員が安心して働ける会社に成長させようと日々奮闘中。 

なお発言はわたし個人の見解であり、特定の団体を代表するものではなく、また、特定の個人や団体を批判・誹謗中傷するものでもありません。