エレキギターは不良の楽器なのか

フジロックでチャボ(仲井戸麗市)とCharのステージをフジロックで観てきました。

カッコ良すぎて泣きました。

なにがカッコいいって、チャボは68歳、チャーは64歳で還暦とっくに過ぎた2人のオッさんですよ。

そのオッさんがキラキラ光るステージでギターを弾きまくる。

歌を唄いまくる。

ギターが身体の一部のような雰囲気。

ギターを弾いているんじゃなくて、息をするようにギターを弾いている姿にシビレてしまいました。

そして思いました

この人達は今は身体の一部のようにギターを弾いているけど、ここまでくるまでに人の何万倍もギターの練習をしてきたんだろうな。

まさに息をするように、ギターが弾けるようになるまで弾いているんだろうな。

指先の皮とか剥けまくったんだろうな。

上手く弾けなくて落ち込んだ時もあるんだろうな。

などなど普通の人の何万倍も努力してきたからこそ、ここの域に達することができたんだよなー。

エレキギターは不良の楽器なのか

この令和の時代にエレキギターをやるなんて不良よ!

なんていう人もいないと思いますが、昭和の時代はそんな空気もあったかな。

バンドなんて不良のする事!みたいな。

バンドマンなんてチャラチャラしていていい加減みたいなイメージですか。

でもバンドでいまキラキラと輝いてる人は間違いなく全ての人が過去に普通の人の何万倍も努力しているはずです。

チャボだってCherだって努力してきたはずです。

80年代にストリートスライダースってバンドがあって不良ぽっくてカッコ良かったなー。

ギターのハリーはあんなに不良みたいなのに地道にギターの練習をしたはずです。

みんな地道な努力をしたからこそ今があるはずなのです。

不良=だらしない

そんな図式を思い浮かべてしまいますが決してそんな事はないはずです。

だって努力しないとギターは上手くなりませんから。

あの人達は才能があったんでしょ

あの人達は特別でしょって言う人いますよね。

でもわたしが思うにその才能って「やり続けられること」だと思うのですよ。

好きな事を見つけてやり続けられることですよね。

ていうか本当に好きなことならそれは努力ではないですよね。

好きなんだから遊びと一緒ですよね。

そして好きな事の見つけ方ってわたしは手当たり次第にやる事だと思うんです。

手当たり次第にやってみて、「これ好きだな」「いけそうだな」って思うものにぶつかるまでやるしかないと思うんです。

それを見つけるためには「体感」を意識していないといけないんだと思うんです。

頭で考えて頭に支配されて、理屈をつくてやるべきなんて思っても続かないと思うんです。

もし続けられても達成感が得られないと思うんです。

頭に支配されるのではなく体感で感じてこれだと思ったものに出会って、そして頭をフル回転させてやり方を考える。

これが大切なんではないかと思っています。

わたしは長年頭に支配されていたので、なにかを達成しても全く達成感を得ることができませんでした。

仕事も遊びもまったく楽しくない。なんでなのか全くわからなかったのですが、心の勉強をして体感というものを意識するようになって理解できるようになってきました。

頭で考えていることは、自分で作り出したストーリーであって真実ではないのです。

〜しないとダメになってしまう。という思いこみから一生懸命に何かをやっているから全く楽しくなかったのです。

マイナスをゼロにしようとしているだけですから。

「あり方」が大切

手当たり次第にやるためには、「あり方」も大切なのでは。

自己肯定感を高めて、色々とチャレンジする。

あれもダメ、これもダメ、わたしはダメな人間なのだと自己肯定感を低くしない。

何かが出来るから素晴らしいのではなくて、あなたが素晴らしいから、やっている事が素晴らしいのです。

大抵は成長過程で学校とか家庭で躾と言う名の強制で個性を潰してしまいます。

学校とか躾とか、そろそろ考え方を変えたほうがいいのではないかと思います。

時代は確実に動いています。

それは子供が1番よく知っています。

子供は理屈ではなく感性で動いているからです。

体感でこうしたいと言っているのです。

娘が小学校に行きたくないと言った時には、正直とまどいました。

「学校に行かないと立派な大人になれない!」

そんな風に思いました。

でも考えてみれば、わたしだってまともに学校なんて行ってないけど、いまは立派に生きて親になってます。

立派な人間かどうかはわかりませんが立派に生きてはいます。

人間偏っていていいんじゃないのか

勉強ができて真面目くんみたいにうちの子供になって欲しいか。

一流大学に入って大きな企業に入って無難に一生を過ごして欲しいか。

いやいや、全然そんなこと思ってないです。

一時期はそんな事を思っている時期もありました。

会社経営をしていて、生きづらくてしょうがなかったので、子供には大きな会社に入ってサラリーマンにでもなって欲しいとか思いました。

そして、日本の社会がそうするのが勝ち組みたいな風潮がありましたよね。

型にはまって、自分の気持ちや体感を無視して、これが正解というのを上から押し付けられて自分を殺していく。

そんな教育だし、そんな政治だし、そんな社会だと思います。

そして生きづらいと言っている人がものすごく多いような気がします。

いまの日本に息苦しさを感じている人はたくさんいると思うのです。

でも時代は急激に変化しています。

そんな社会に嫌気がさしている若者がたくさん出てきているように思います。

事実、ユーチューバーなんて職業が出来てYouTubeでメシを食っている人が出てきている訳ですから。

なんでも出来なくていい、ただ1つのことに偏ってでも出来ればいいのではないかは思います。

よくいう「尖った生き方」ってやつですかね。

子供達には、是非とも小さくまとまらないで好きな事をやる人生を歩んで欲しいと思っています。

と言いながらも、子供の事に関してはこれからも葛藤するんだろうな。

とここまで書いて自分はどうなの

まだまだ自分が好きなこと見つけられていないですね。

でも心の勉強とカウンセリングの勉強はかなり楽しいですね。

ブログも以前は、社長としてブログを書いてブランディングして、なにしてこれしてなんて思って書いていたのであまり面白くなかったけど、最近では好き勝手に自分の気持ちを書くようにしたら面白くなってきました。

海賊(居酒屋)の経営も以前は、売上ばかり気にして(もちろん今でも気にしてますが)経営していたので1日の売上で一喜一憂していました。

ちょっと売上が悪い日が続くと、一気に倒産して野垂れ死まで考えが飛んでしまっていましたが、その考えとは距離をとることができるようになってきて少し余裕が出てきました。「こんな日もあるさ」ってね。

お金のために仕事をしているからこんな事になるのですよね。

もちろんお金は大切ですが、お金より大切なこと、社員を大切にしてお客様に喜んでもらう。

これのために経営しているのをすっかりと忘れていました。

そして居酒屋経営もさることながら、カウンセラー、コンサルタントとして活躍していきたいと思っています。

店舗も出店したいかなー。

今までは全くもって動けない人間でしたが、すこしは前向きな欲が出てきた今日この頃です。

もっともっと自分の好きに向かって生きていけたら良いですなー。

きちんと頭も使ってね。

 

 

 

 

 

 

コンサルティングサービス

あなたの会社の土台つくりを、社員との人間関係と経営の両面からサポートして利益が残る会社に変えるコンサルティングサービスです。

こっそり感想を送信する

こっそり感想を送れます。送信された内容は非公開で著者だけに届きます。

この記事を書いた人

春山 充

春山 充

1967年生まれ 東京都豊島区出身 東京で創業昭和54年の、ろばた焼き屋を経営している。軽い気持ちで飲食店を継いだはいいが、社員とのコミニュケーションに悩み、勉強不足で経営も窮地に陥った時期もある。現在は心を入れ替え、社員が安心して働ける会社に成長させようと日々奮闘中。 

(発言は個人の見解であり、所属する組織の公式見解ではありません。)