【父親が亡くなってから】

用事があって車で高速を走っていた。

すると、父親の奥さんから電話が入った。

「病院から電話が入って、お父さんが血を吐いて危険な状態だと言われた」

それは大変だという事で、直ぐに車をUターンさせて東京に戻る。

途中、妻に電話を入れて迎えに行くから子供達と出掛ける用意をしておきなさいと伝える。

その時点では父親が死んでしまうとは、全く考えていなかった。

孫達連れて行けば、喜ぶだろうなくらいにしか考えてなかった。

病院に着いた。

父の死

父親は亡くなっていた。

なんか拍子抜けするくらい、呆気なく亡くなった。

死因は大動脈瘤の破裂。

今回の手術は、大動脈瘤であらかた人工血管とステントで保護している血管だけど、その中で少しだけ残っている自前の血管が腫れてきてしまい、放置しておくと破裂する恐れがあるという事での手術。

ステントで保護する予定が上手く通らず撤退。

そして本日の朝に大動脈瘤が破裂してしまったと、手術を執刀してくれた先生が、状況を説明してくれた。

説明してくれている間、人工呼吸器を付けたままで死んでいるのに呼吸をしている。

「あれっ?俺の早とちりでまだ生きてんの?」

とかボケた事を考えたりしていた。

わたしも姉も今回の手術は反対していた。

年齢を考えても、わざわざそんな大手術をしなくてもいいのではないかという意見だった。

聞いてもしょうがない事を、先生に聞いてしまった。

「手術をしなかったらどうなってましたか?」

当然先生は、いつどこで破裂するかはわからない。

血管は危険な状態だったのは間違いない。

という返答。

そりゃそーだ。

死因をもっと詳しく知りたければ解剖したり、CT撮ったりするけどどうしますか?

と聞かれたが、家族で相談して必要なしという返答をした。

その後、看護師さんに身体をキレイにして貰って、全身の管を抜いて貰ったりした。

色々あった親父だけど泣いた。

以前から妻とかには、「親父が死んだら泣けるかなー」とか冗談半分で言っていたけど泣いた。

いつまでも泣いている訳にはいかない。

葬儀の話

そして当然、葬儀はどうしようという話しになる。

普通、病院に葬儀社がいてそちらで手配して貰うのが一般的らしい。

どうするかと相談していて、そうだ父親の弟わたしの叔父は、葬儀社だった事を思い出した。

早速、親父が亡くなった事を連絡したら「俺が段取りするから心配すんな」という返事。

良かったと安心したら、ここからが大変になった。

普通、亡くなったら自宅に寝かして、お通夜まで遺族でお線香を焚いたりして過ごすものらしいのだが、父の自宅がかなり荷物が多い状態。

とても遺体を寝かせる事が出来ないので、可哀想だけどお通夜まで、斎場で預かってもらえないかと提案した。

「兄貴が可哀想だ!何としてでも片付けて家帰すべきだ!」と言い出した。

そりゃそうですよ。

そちらが正論ごもっとも。

でも現実問題として、ベッド生活で寝かせる布団もない。

叔父が手配してくれた葬儀屋は「ベッドでも大丈夫です。」と言ってくれたけど、なんとその部屋はエアコンがないというし、、、。

結局斎場で預かって貰うことに。

先生や看護師さん達に見送られて出発。

葬儀屋で納棺して貰って、自宅とお店を回ってから斎場に行く段取りをして、一旦解散。

再び自宅マンションの下で父親、叔父と合流。

叔父と合流後、開口一番「俺の懇意にしているお寺さんを手配したから!しかも、最高の戒名を頼んでやったから!普通だったら120万掛かるところを上手くお願いしてやったから!これで兄貴を喜ぶな!」

おいおい、何言ってるのかわかんないよ。

こちらは初めて葬式。

親父は、姉には俺にもしなんかあったら、密葬でいい家族葬で小じんまりやってくれれば良いと言っていたらしい。

それが、なんの説明もなしに勝手に決められた。

きちとしてやらなければ、兄貴が可哀想と言われれば返す言葉も難しい。

親父の意向を聞きたくても聞けない。

 

いずれにしても戒名と、お寺さんは呼ばなくてはならないからと、言いたいことを飲み込んで、お店を回って社員に見送られて斎場へと。

斎場に父を預けて、式の打合せ。

またまた叔父が祭壇のことなどで暴走気味。

なんとか抑えて、現実的なところに落ち着く。

この日は解散。

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この記事を書いた人

春山 充

春山 充

1967年生まれ 東京都豊島区出身 東京で創業昭和54年の、ろばた焼き屋を経営している。軽い気持ちで飲食店を継いだはいいが、社員とのコミニュケーションに悩み、勉強不足で経営も窮地に陥った時期もある。現在は心を入れ替え、社員が安心して働ける会社に成長させようと日々奮闘中。 

なお発言はわたし個人の見解であり、特定の団体を代表するものではなく、また、特定の個人や団体を批判・誹謗中傷するものでもありません。